「本気」の純度

どこで私の事を知ったのか「教えて下さい」、「練習を見て下さい」という依頼というか話が結構入ってくる。仕事として教えているわけではないので、失礼な話だが私が教えたいと思える人だけに教えるという非常にアバウトな選び方をしている。教えたい人というのには大きな理由があって、私の中の尺度での「本気」を感じられる人。というのも、依頼をしてくる人の話を聞くと、その殆どは最初からリミットを作ってしまっていて、これは出来ない、ここは無理、それはダメ、といったリミットばかりを言ってくる。100%に近い確率で言うのが「社会人だから~」という言葉。そして「本気で強くなりたい」という言葉も。最初から社会人という言葉に甘え、逃げ場を作ってしまっている。
日本のJプロツアーチームと呼ばれるチームに所属している「プロ」と呼ばれる多くのライダーが働いていて、練習時間のやりくりは社会人と呼ばれる人と大きくは変わらない。「本気」とはどういったものだろうか?友達と遊ぶ時間を我慢しての受験勉強や、家族や睡眠の時間を犠牲にして働いて会社を軌道に乗せたとか、多くの犠牲を厭わずにそれだけに没頭するのが本気なのではないだろうか?こう言うと「大人だから」とか「趣味だから」とかさっき自分で言った本気という言葉は何なんだ?と。本気ならば仕事も趣味も関係なくないか?起業した時と同じ位の熱意を注いで欲しいが、最近は何事もスマートにカッコ良くこなす事が美徳というか、イケてて出来る人だという流れがあるせいか、仕事も家族も遊びも人付き合いも他の趣味もサラっと簡単そうにこなしてるように周りに見せたい人が多いようで、ガチでガムシャラにやってます、みたいなのは本当にウケが悪い。
どこまでが本気なのか、この見極めが本当に難しい。仕事をサボってでも練習しろとは言わないが、皆でワイワイやる時間や酒なんか飲んでいる時間を我慢できないで何が本気なんだろうか。現代は効率の良いトレーニングにリカバリーに栄養知識が多くのアスリートに普及して、スポ根的なのはダサいという雰囲気があり、世界トップのアスリートであっても酒を飲んだり自分の感覚的なセンスでの行動だったりがフィーチャーされて、世界のトップと同じ様な感じで取り組んでいればOK!みたいな考えになってしまうのだろうが、そこまでに至るには想像を絶するスポ根があり、厳しい世界がある事は見ていない。プロやトップにいる人ってのはその道のプロであり、細かい部分まで精通している。そういったプロがSNSでワイワイ楽しそうにやっているのを載せると、それを見た一般の人は「これで良いんだ」と勘違いしてしまうってのが多々あると思う。練習内容の相談を受けて色々と聞いてみると、週末に仲間で集まり皆で千切り合って行った先で美味しいものを食べて楽しく150キロを追い込めた。というような内容を聞くことが結構ある。一体何の練習をしているのだろうか?皆で集まって走って美味しいものを食べるというコミュニティを楽しんでいるとしか思えない。スポーツクラブにお喋りに来ていたりするのと何らか変わらない。皆でワイワイやりたいのはわかるが、目標も違えばメニューも違うから一緒に走る理由をしっかり見出さないといけないはずなのに、それも無く皆で走るだけになっている。そういったコミュニティに居る時間が好きなのか?と聞けば「モチベーションが上がる」と言うが、本気で強くなるという強烈な意志があるのなら目標のレース後の打ち上げだけワイワイやるくらいでいいのでは?
非常に尖った考え方で多くの人にはマッチしないという事は良く理解している。私自身がもっと丸くなればスクールビジネス的に上手くいくとはわかっているが、世界の意味を知り、それを追い掛けていると半端な事を教えたら自分まで半端になってしまいそうだというのがある。古く凝り固まった頭なんです。世界レベルを目指す事と一般の人が強くなりたいという思いに境や差は無いという考え。
強さや速さを教えていく事は道を教えていく事だと思っている。
こういった古臭い精神的な部分と、先端科学の融合が自転車の最大の楽しみだ。