自転車に足りないモノ?

自転車文化ってどんなものなんでしょう??
ザックリとした事は少しは頭に浮かんでくるものの、具体的な事は考えの行き先が多すぎて纏まらない。そんな中、何となく以前からずっと思っていた文化というものは、一例で言えば湘南での海、サーフィンの事ではないのだろうか?と。
湘南というリゾート地に1950年代にメリケンによってサーフィンが日本に初めてもたらされ、今では湘南=サーフィン、サーフィン=湘南というイメージは全国区だろうか。歌ではサザンオールスターズに加山雄三が湘南だ茅ヶ崎だと叫び、少年少女が憧れて訪れ湘南ファッションに身を包む時代もあった。
波に乗るために湘南に移り住んで朝一サーフィンをしてから出勤。湘南でのライフスタイルを紹介や提唱する雑誌が多々あり、この土地を愛して誇りに思い、生活がサーフィンを中心に回っている。
国道134号線沿いや、逗子から平塚辺りまでのサーフィンショップは一体何店舗あるのだろうか?日本一のサイクリストの交通量であろう多摩川サイクリングロード沿いには何店舗の自転車屋があるのだろう?その差はプロツアーの選手とホビーライダーくらいの差があると思う。
日本各地で自転車の街なる触れ込みで市町村の知名度を高めサイクリストを呼び込む動きがあるが、正直なところ私はいまいちピンとこない。それと自転車レーンもハッキリ言ってピンとこない、立場上いろいろと意見を求められる事があるが全部断っている。自転車を乗るのが怖い一般の人の意見の方が有効じゃないの?という考えからだ。私が想像をしたところで「ジャンプして避けるから問題ない」みたいな身も蓋もない意見になるから初めから断っている。茅ヶ崎市はサーフィンによる経済効果が6億円程だという(ネット上での話)、自転車の街という街の自転車による経済効果はいくら程だろうか?私の実家もサーフィンで有名な土地で、世界レベルのWorld Qualifying Series (WQS)が開催されていた時期もあった。そんな土地だけあり、夏はもちろん真冬であろうとも太平洋沿岸にはそこら中に日本全国から来るサーファーが浮いている。それは平日であっても波の良い日は何百人ではきかない程のサーファーが浮いている。各地から波に乗るために移住してくる人も後を絶たないし、波に乗るという遊びの為に生活そのものを変えてしまう程の魅力があるのだろう。サーフィンは波のある海じゃないと出来ないというものあるが。自転車はまだまだ移動手段の延長線上だし、ライフスタイルに影響を及ぼす程にまで熟成されていない。何の変哲も無い真っ直ぐな道をひたすら往復しているだけとか(どう見ても練習ではない)、常にメーターと睨めっこしているだけとか、走る事よりパーツを買う事だとか、何だかゲージに入っているハムスターのように見えてならない(言い過ぎてたらスイマセン)。
サイクルスポーツから波及して、少年少女がファッションとして熱狂して、カルチャーとして中高年が豊かな暮らしに欠かせないモノと考える程になるまでには何が足りないのだろうか?サーフィンは競技としては日本人が世界レベルに達してなくとも愛好者がとんでもなく多い、確かに競技としての側面から考えれば世界での日本のレベルが影響するかもしれないが、ライフスタイル、カルチャーとして考えたら競技レベルなんてどうでもいい気がする。競技とライフスタイル、カルチャーを一緒に考えて動くから自転車の街という名前を使っても、競技をする選手がいて競技に強くなる道路があるだけで、そこに自転車によってもたらされる豊かさを求めてお金持ちが移住してくるまでには程遠いと思う。
例えば、都心に汽車1本で出られる立川辺りが自転車の街となり、自転車屋がコンビニ並みに乱立し、多摩川サイクリングロードから奥多摩や飯能、道志道方面へノンストップで行かれる高速自転車専用道が完備され、マウンテンバイクとクロスとBMXの練習場、コースに、プールからそのままバイクもランも走り出せるフィットネスクラブ、立川競輪場の開放とかがあり、質の高い衣食住があって、多摩川カウンティみたいに呼ばれてしまうようなここだけのカルチャーの創造。サーフィンやスノーボードで有名なウエアメーカーであるクイックシルバー、サーフ系の店ではない普通の服屋でもTシャツは売っているし、横乗り系のブランド?ってくらいは多くの人が知っていると思う。自転車ではこれだけ世界中でサイクリストがいるにも関わらず、サイクルウエアや近い物から始まってサイクリストではない人が普通に着たり身に付けたりするようなメーカーがないって事を考えると、自転車という文化は世界的にもまだまだ浸透していないという見方も出来る。誰もが一度は目にした事のあるコンバースのオールスターの靴はバスケ用に開発されたものだ、それが今では普段履きの定番の一つみたいになっている。
今日は久々に湘南を走り、走りながらこんな事が頭の中をグルグルしていた。クランクよりもね。競技とか移動手段ではない自転車、自転車にはその可能性が物凄くあると思う。
自転車から生まれた文化が一般的になる日はいつ来るのだろうか。